Phil-nous

哲学に関する海外のニュースや哲学研究者にとって有益な情報をお届けします。

哲学史のカノンの見直し

哲学史の教科書に登場する哲学者のほとんどは西洋の男性ですが、それ以外の哲学者というのはこれまで存在しなかったのでしょうか? 近年の哲学史研究は、どのようにして非西洋の哲学者や女性の哲学者がカノン(正典)から排除・周縁化されてきたかを明らかにしています。

問題は、非西洋の哲学者や女性の哲学者に光が当てられてこなかったというだけではありません。哲学的に価値があるものとはどういうものかに関する基準が一定のバイアスのもとで形成されてき、これが排除・周縁化の論理として働いてきたという点がしばしば指摘されています。
オータムスクール OZSW Autumn School ‘Beyond the Canon: Unexplored Topics and Forgotten Thinkers’  に参加するにあたってカノンの見直しについて少し勉強したので、関連するいくつかの情報をまとめてみました。

まだ勉強を始めたばかりの分野なので、足りない部分についてはご教示いただけると幸いです。

 

関連ウェブサイト

アメリカ哲学会(APA)のブログでは、カノンの多様化に関する記事が多数書かれています。

blog.apaonline.org

 

ライデン大学には比較哲学のための研究センターがあり、関連するジャーナルやサイトの情報がまとめられています。

www.universiteitleiden.nl

 

関連文献 

非西洋哲学

Park. 2013. Africa, Asia, and the History of Philosophy: Racism in the Formation of the Philosophical Canon 1780-1830.

哲学の歴史からアフリカとアジアが排除される過程を綿密に調査。哲学の起源はギリシャという言説は18世紀末に形成されたものにすぎないことを示す。

Africa, Asia, and the History of Philosophy: Racism in the Formation of the Philosophical Canon, 1780-1830 (SUNY series, Philosophy and Race)

Africa, Asia, and the History of Philosophy: Racism in the Formation of the Philosophical Canon, 1780-1830 (SUNY series, Philosophy and Race)

 

Graness. 2015. "Questions of Canon Formation in Philosophy:The History of Philosophy in Africa"

近年のアフリカ哲学史の試み、アフリカ固有の困難などを報告。

www.scielo.org.za

 

Linda Martín Alcoff. 2017. "Philosophy and Philosophical Practice: Eurocentrism as an Epistemology of Ignorance"

最近ペーパーバック版が出た The Routledge Handbook of Epistemic Injustice の1章。

The Routledge Handbook of Epistemic Injustice (Routledge Handbooks in Philosophy)

The Routledge Handbook of Epistemic Injustice (Routledge Handbooks in Philosophy)

 

飯田隆編. 2009. 『岩波講座哲学14 哲学史の哲学』

「〈哲学史〉という発明」「哲学のエスノセントリズム」「比較という方法」「世界哲学史の可能性」「イスラム哲学からの視座」「日本における「哲学」の受容」などの論文を収録。

岩波講座 哲学〈14〉哲学史の哲学

岩波講座 哲学〈14〉哲学史の哲学

 

日本における哲学の受容史については詳しい方がたくさんいらっしゃるかと思います。ここではとりあえず次の3冊だけ挙げておきます。

日本哲学史

日本哲学史

日本哲学小史 - 近代100年の20篇 (中公新書)

日本哲学小史 - 近代100年の20篇 (中公新書)

西周と「哲学」の誕生

西周と「哲学」の誕生

 

 

 

フェミニズム哲学史

Witt & Shapiro. 2015. "Feminist History of Philosophy"

『スタンフォード哲学百科事典』(SEP) の項目。カノンを見直す様々な方法をコンパクトにまとていて便利。包括的な文献リストを補遺として含む。

plato.stanford.edu

 

Biography: Feminist History of Philosophy

Charlotte Witt によるコメント付き主要著作リスト。

philpapers.org

 

M. Waithe編の4巻本の女性哲学者の歴史 A History of Women Philosophers

A History of Women Philosophers: Ancient Women Philosophers 600 B. C.  -  500 A. D.

A History of Women Philosophers: Ancient Women Philosophers 600 B. C. - 500 A. D.

A History of Women Philosophers: Medieval, Renaissance and Enlightenment Women Philosophers A.D. 500-1600

A History of Women Philosophers: Medieval, Renaissance and Enlightenment Women Philosophers A.D. 500-1600

A History of Women Philosophers: Volume III: Modern Women Philosophers, 1600-1900

A History of Women Philosophers: Volume III: Modern Women Philosophers, 1600-1900

A History of Women Philosophers: Volume IV: Contemporary Women Philosophers, 1900-Today

A History of Women Philosophers: Volume IV: Contemporary Women Philosophers, 1900-Today

 

論文集

Feminist History of Philosophy: The Recovery and Evaluation of Women's Philosophical Thought (Feminist Philosophy Collection) (English Edition)

Feminist History of Philosophy: The Recovery and Evaluation of Women's Philosophical Thought (Feminist Philosophy Collection) (English Edition)

 

哲学雑誌 The Monist での特集 The History of Women's Ideas

academic.oup.com

 

関連イベント

OZSW Autumn School ‘Beyond the Canon: Unexplored Topics and Forgotten Thinkers’

哲学史のカノンの見直しを目的としたオータムスクール 。2019年10月25-26日にティルブルフ大学で開催。

ozswautumnschool2019.wordpress.com

 

Tilburg-Groningen Workshop on Women in the History of Analytic Philosophy。

分析哲学史における女性哲学者に光を当てることを目的としたワークショップ。2019年10月25-26日にティルブルフ大学で開催。

tilburggroningenworkshop2019.wordpress.com

 

日本現象学・社会科学会第36回大会シンポジウム「初期現象学における女性——情と社会という観点から」。2019年12月1日(日) に法政大学(市ヶ谷キャンパス)にて開催。

www.jspss.org

 
Call for Papers: Women Intellectuals in Antiquity
15-16 February 2020, Keble College, Oxford。2019年11月15日募集〆切。
関連する情報はまだまだたくさんあるかと思います。追加の情報があればコメント欄にご記入いただけると幸いです。 

癌により32歳で夭逝した哲学者の名を冠した賞が創設

32歳の若き哲学者 Justin Zylstra(ヴァーモント大学研究員)が2019年9月23日に癌で亡くなりました。彼の専門は形而上学だったことから、若手の形而上学者のための賞として、Justin Zylstra Memorial Prize in Metaphysics が創設されます。博士号を授与されて5年以内の若手研究者による形而上学に関する各年の最良の論文に対して、賞金最低500ドルが与えられる予定です。

現在、この賞を今後も持続させるための資金がクラウドファンディングで募られています。10月3日現在、すでに7,800ドル以上の資金が集まっています。

www.gofundme.com

 

Justin Zylstraのプロフィールについてはクラウドファンディングのページに記載されています。彼の論文はAcademia.eduの彼のページからダウンロードできます。

utoronto.academia.edu

概念工学の研究拠点ConceptLab、客員研究員を募集中

概念工学の研究拠点として知られるオスロ大学の ConceptLab が今年も客員研究員を募集しています。

conceptualengineering.info

 

ConceptLabといえば、概念工学に関する研究プロジェクトで5年総額360万ドル(約4億円)の大型研究費を2016年に獲得し、話題になりました。

dailynous.com

 

今回の募集内容は以下のとおりです。

  • 期間:最大3ヶ月
  • 募集〆切:2019年10月15日
  • 博士課程の大学院生も応募可能
  • 旅費・宿泊費として、月々最大20,000 NOK(約24万円)の手当て

手当てなしの研究員については随時応募可能とのことです。

応募書類など、詳細については上のリンク先の募集要項を確認してください。

 

ConceptLabの所長の一人であるHerman Cappelenは昨年、概念工学に関する研究書を出しています。

Fixing Language: An Essay on Conceptual Engineering (English Edition)

Fixing Language: An Essay on Conceptual Engineering (English Edition)

 

 

同氏が共著で執筆している Bad Language でも概念工学に一章が割かれています。

https://twitter.com/takaaki_matsui/status/1132128054652706817

https://twitter.com/takaaki_matsui/status/1132128054652706817

 

Bad Language については以前ツイッターでも紹介しました。これまでにはなかった、新しいタイプの言語哲学の教科書だと思います。

twitter.com

https://twitter.com/takaaki_matsui/status/1132128054652706817

 

キムリッカ、カナダの社会科学・人文学研究評議会(SSHRC)の金メダルを受賞

多文化主義に関する著作(『多文化時代の市民権』『多文化主義のゆくえ』など)で知られるカナダの政治哲学者、ウィル・キムリッカ(クィーンズ大学)が、カナダの社会科学・人文学研究評議会 (Social Sciences and Humanities Research Council: SSHRC) の金メダルを受賞しました。

www.canada.ca

 

SSHRCの最高賞である金メダルは、その持続的なリーダーシップ・献身・思想の独創性によって人々をインスパイアした個人に与えられるものだそうです。キムリッカは、「民主主義と多様性の結びつきに関する彼の画期的な研究が、多文化社会におけるシティズンシップと社会的正義のモデルに関する知を前進させた」ことを評価され、この賞を受賞しました。

  

キムリッカは政治哲学の教科書 Contemporary Political Philosophy: An Introduction も執筆しており、こちらもその明晰さや体系性などから定評があります。この本は『現代政治理論』として翻訳されており、私の周りでもよく読まれています。

新版 現代政治理論

新版 現代政治理論

 

 

このニュースはブログ Daily-nous でも取り上げられているので、興味のある方はこちらもご覧ください。 

dailynous.com

 

在野の研究者、ジョン・ロックの草稿を発見

日本では荒木優太編『在野研究ビギナーズ勝手にはじめる研究生活』(明石書店)が話題になっていますが、

在野研究ビギナーズ――勝手にはじめる研究生活

在野研究ビギナーズ――勝手にはじめる研究生活

 

 

海外では在野の研究者(independent scholar)によるジョン・ロックの草稿の発見が話題になっています。

発見されたのは “Reasons for Tolerating Papists Equally with Others” という題の草稿で、 セント・ジョンズ・カレッジのアナポリスキャンパスのグリーンフィールド図書館のアーカイイヴで、J.C. Walmsley によって発見されました。

発見された草稿はすでに電子化されており、リンク先で閲覧できます。

Reasons for tolerating Papists equally with others. · St. John's College Digital Archives

 

また、この草稿に関する論文が発見者の Walmsley とFelix Waldmann によって書かれています。

www.cambridge.org

 

詳細はプレスリリースを参照してください。発見の経緯なども書かれています。

www.sjc.edu

 

このニュースは哲学ブログDaily Nousでも取り上げられています。関連記事がまとめられているので、関心のある方はこちらも参照してみてください。

dailynous.com

 

これを機に関連書籍としてロックの『寛容についての手紙』(A Letter Concerning Toleration) を読んでみてはいかがでしょうか。

寛容についての手紙 (岩波文庫)

寛容についての手紙 (岩波文庫)

 

 

CfP: Synthese Topical Collection “Minds in Skilled Performance”

哲学のトップジャーナルのひとつである Synthese の Topical Collection “Minds in Skilled Performance” の共編者をウーロンゴン大学の宮原克典さんが務められています。

詳細はリンク先をご覧ください。

https://www.uow.edu.au/law-humanities-the-arts/schools-entities/liberal-arts/research/call-for-papers/?fbclid=IwAR3nLQ_rwsFe45n3vFzCTjhzFMK90JX9ihvWnxy1YvWvBi6BV4NrG5AjmTI

カルナップ全集刊行開始

待望のカルナップ全集第一巻、The Collected Works of Rudolf Carnap, Vol. 1 Early Writings (OUP) が8月にようやく出るようです*1

 

Rudolf Carnap- Early Writings: The Collected Works of Rudolf Carnap

Rudolf Carnap- Early Writings: The Collected Works of Rudolf Carnap

  • 作者: A. W. Carus,Michael Friedman,Wolfgang Kienzler,Alan Richardson,Sven Schlotter
  • 出版社/メーカー: Oxford Univ Pr
  • 発売日: 2019/08/13
  • メディア: ハードカバー
  • この商品を含むブログを見る

 

以下では、本巻の内容や関連書籍を紹介したいと思います。 

 

カルナップ全集第一巻は、新カント派からの影響が色濃く見られる、1928年よりも前の初期論文を収録。Scheinprobleme in der Philosophie(『哲学における疑似問題』)と Der Logische Aufbau der Welt(『世界の論理的構成』)がそれぞれ1928年なので、これらより前の論文ということになります。

独英対訳(!)で、本巻に収録されたテキストはすべてこれが初の英訳ということで、初期カルナップのテクストがようやく多くの人にアクセスしやすいものになります。

本巻の特徴として、編者による序論や注が大変充実していそうということが挙げられます。A. W. Carus と Michael Friedman による序論は、1920年代前半までのカルナップの思想の発展の概要を提供し、収録されているテキストの相互関係を解説。また、各テキストにも注・解説が付き、現代の読者には分かりにくいかもしれない哲学的・数学的・科学的・文化的背景を説明してくれるとのことです。なかでも、カルナップの博士論文 Der Raum に付された Friedman による解説は、Der Raum とほぼ同じ長さの詳細なものだそうです。また、David Malament による解説は、一般相対性理論の論理構造を単純化しようとするカルナップの1925年の取り組みの数学的・物理学的背景を、最近の物理学や物理学哲学における類似の取り組みと関連づけながら説明してくれるとのことです。

 

本巻についてより詳細に知りたいという方は、本巻の編者でもある A. W. Carus さんによる Carnap Blog の記事も参照してみてください。

awcarus.com

 

以下では、カントと新カント派の関係など、初期カルナップに関する関連書籍を紹介したいと思います。

 

Michael Friedman. 1999. Reconsidering Logical Positivism (CUP)

論理実証主義に対する新カント派の影響については、本書に収録されている一連の論文が最重要。哲学的にも歴史的にも大変面白いです。

 

Alan Richardson. 1998. Carnap's Construction of the World: The Aufbau and the Emergence of Logical Empiricism (CUP)

カルナップと新カント派の関係についてはこちらも。

Carnap's Construction of the World: The Aufbau and the Emergence of Logical Empiricism

Carnap's Construction of the World: The Aufbau and the Emergence of Logical Empiricism

 

Alberto Coffa. 1991. Semantic Tradition from Kant to Carnap (CUP)

本書はカントに始まりカルナップに至る伝統に光を当てた先駆的な仕事。この分野における今なお重要な著作です。

Semantic Tradition Kant to Carnap

Semantic Tradition Kant to Carnap

 

A. W. Carus. 2007. Carnap and 20th Century Thought: Explication as Enlightenment (CUP)

カルナップを「啓蒙主義」の伝統に位置づける画期的な試み。とくに草稿・日記・書簡など未公刊のテキストからの引用は貴重です。カルナップと新カント派の関係についても一章が割かれています。

Carnap and Twentieth-Century Thought: Explication as Enlightenment (English Edition)

Carnap and Twentieth-Century Thought: Explication as Enlightenment (English Edition)

 

Steve Awodey and Carsten Klein (eds.) 2004. Carnap Brought Home: The View from Jena (Open Court)

新カント派からカルナップへの影響関係は今では有名ですが、カルナップの意外なバックグラウンドとして、ディルタイからの(間接的な)影響もときどき指摘されます。この点については、Gottfried Gabriel による本書の序論が詳しいです。

Carnap Brought Home: The View from Jena (Publications of the Archive of Scientific Philosophy Series)

Carnap Brought Home: The View from Jena (Publications of the Archive of Scientific Philosophy Series)

 

近年、論理実証主義の政治的・社会的背景に対する関心も高まっていますが、これについてはまた機会があれば紹介したいと思います。 

*1:イギリスのAmazonではすでに発売されていることになっていますが、発送まで1-2ヶ月がかかるとのことです。